理事長紹介

理事長 金納 學 氏



大正14年生まれ
  天理中学卒
  天理語学専門学校卒
  (現天理大学)
  中国語科卒
    (昭和24年3月)


 講道館柔道5段


金納家の祖先は西暦1230年頃、常陸の国の鹿島神宮の分霊を奉持して地頭としてこの地方を治めるために君臨したと郷土史に記されている。
氏は父伊之助氏と母ワカさんとの間に二男として出生する。金納家の教会は祖母ハルさんの信仰に始まり、父伊之助氏達が受け継ぎ発展させていった。
伊之助氏は大正の中頃から近隣のハンセン病患者を自宅で保護する慈善事業を興し、患者の生きがいのため養鶏や藁工品の作業を提供していた。



學氏は昭和7年に蒲池尋常高等小学校入学、その後旧制天理中学に進み、柔道部で活躍する。
同19年に同校を卒業後九州飛行機設計部に勤め、10月に現役兵として歩兵第11連隊補充隊に入隊翌20年4月幹部候補生に採用されて千葉県習志野市陸軍予備仕官学校に入学、教育終了後見習仕官になったばかりで終戦となる。

昭和21年に天理語学専門学校(現天理大学)中国語課に入学し、同24年に卒業して故郷に帰る。
ハンセン病患者は昭和7年に鹿児島県の国立の施設に移行されていたが、伊之助氏は慈善事業を続け、大正14年創設の蒲池教会を中心に信仰の道を歩みつづけていた。
學氏は伊之助氏の影響や天理大学時代の恩師古野清人先生の助言のもと福祉事業に対する情熱が高まり、昭和26年4月社会福祉法人光栄会理事に就任、自らも施設の設置

     蒲池保育園

を思い立ち、同年12月25日に伊之助氏と共に私財を投じて「蒲池保育園」を設立する。20代の若さで園長に就任し、社会福祉事業のスタートをきる。
蒲池保育園に続いて家庭に恵まれない児童や保護者のいない児童、その他養護を要する児童の問題に心を痛め、昭和35年には児童養護施設「白梅学園」を設立し園長に就任する。

    白梅学園


社会福祉事業のさらなる発展のためには社会福祉法人設立の必要性を深く感じ、同40年11月25日「社会福祉法人學正会」の設立認可を受けて理事長に就任し、施設の拡充強化を図る。
昭和46年「柳川保育園」、同47年知的障害者更生施設「養徳苑」と知的障害児施設「第二白梅学園」を設立。

   第二白梅学園


進み行く高齢化時代を迎えて老人福祉事業の必要性を強く感じ て、同51年特別養護老人ホーム「ふるさとホーム」、同年知的障害者授産施設「健康荘」を設立。


    養徳苑

柳川市蒲池地区を「福祉村」と呼ばれる地域に作り上げた。
その後も国のゴールドプランに添った柳川市高齢化対策長期計画(高齢者保健福祉計画)を受け、平成4年デイサービスセンター「ヂンナ―桃源郷」を、同年在宅介護支援センター、在宅高齢者配食サービス事業を市から委託される。
同10年にはケアハウス「おやさと」、同11年には知的障害者グループホーム「和楽」、同12年特別養護老人ホーム「第二おやさと」を設立。
きりなし普請は続き、平成16年には「第二白梅学園」との併設施設として知的障害者更生施設「第三白梅学園」を設立、同年デイサービスセンター「ヂンナ―第二桃源郷」も完成。
平成18年に「ヂンナー桃源郷」敷地内に温泉を掘削、翌19年には2番目となる知的障害者グループホーム「第二和楽」を開所。
平成20年3月には知的障害児施設「第二白梅学園」の自立訓練棟が完成し、「桃太郎パン工房」としてパンの製造販売を行う。
また、6月には知的障害者グループホーム「第三・第五和楽」を設立。8月には法人初となる新型(ユニット型)の特別養護老人ホーム「よのもと」も開設し、利用者のプライバシーを重視した施設運営を展開する。
現在21機能13施設を統括する社会福祉法人學正会の理事長として天理教の教えを基本として、社会福祉の充実と発展のために尽力している。


こうした氏の功績は多数の表彰に顕われているが、なかでも平成7年 勲五等双光旭日章 を、翌8年日本文化振興会から国際アカデミー国民文化社会功労賞、ならびに世界福祉文化勲功賞を受賞し、国際平和財団より日本で初めて 世界平和大賞 を受けている。